Home
Sprit and History
Themes
Program
Special Session
Call for paper
Heritage Tours
Registration
Venues
Organization

Japanese

English



様々なアジアの国々では、植民地時代からの多くの素晴らしい建築が破壊されてきた。アジアの都市社会はそうした都市の細分化を防ぐことにおいて無力だった。このような知識の不足、それを尊重する気持ちの不足、そしてアジアの植民地時代の遺産の否認に対する深い懸念から、同様の問題意識および理想を持った学者や建築家の新しいネットワークが、2001年に広東での準備会議により出現した。mAANはこのように強く待ち望まれた、建築における近代と近代主義の問題に取り組む様々なアジアの国々の団体を連携する協同体として実現したのである。

この有機体は「現代のアジア建築ネットワーク」小さな「m」を用いた「mAAN」として、われわれのアジアの近代および近代性に対する認識と矛盾を孕んだ理解を明示すること、そしてその議論を常にオープンにしていくという意識によって命名された。組織の構成は、均等、友情、自由および開放の精神にもとづいているが、それは、中国のダイニングテーブルやアジアの飲食スペース(そこでは同様の意図を持った人々が席を共にして、考えを交換し広範囲の援助や可能性を得る事ができる)をモチーフにしている。建築家、学者、建築従業者および研究者の間に結ばれた、開放的で、緩やかなこのネットワークは、複雑で多様なアジアの情況の中でmAANが活動するために必要な維持能力および有能性を保証する最良の方法である。

初めてのmAANによる国際会議である2001年のマカオの会議では、「マカオ宣言」が今後のmAANの方向性を決定づけるために宣言された。2002年の第2回mAANシンガポール会議では、理論、近代遺産のリスト、実践およびネットワーク構築を含む広範囲な問題について議論した。ユネスコおよびドコモモとのインドのチャンディガルでの会議の後、第3回会議はインドネシアのスラバヤで2003年に開催された。mAANは、これからも夢を抱き、その夢を現実に変えるために熟考し、革新し協力して常に努力を続けていくだろう。

  NEXT →